Q:  「ギョエテとは俺のことかとゲーテいい」という言葉は誰が言い出したのですか?

A:  一般には斎藤緑雨が言ったということになっています。しかし、当館のこれまでの調査でも、その原典を参照できていません。従いまして、緑雨が本当にそう書いたのかどうかも不明です。
推測では、緑雨が新聞か雑誌で書き、それが広まったのかもしれません。『斎藤緑雨全集』は緑雨の書いたものをすべて収録しているわけではありませんので、そこに発見できなかったからといって、彼が言っていないということにはなりませんが、新聞などの匿名コラムが好んで使う言葉ですので、(これも推測ですが)新聞にありがちな孫引きの孫引きで、もとは緑雨とは別の人間が書いた可能性もあります。
ちなみに、言語学者の矢崎源九郎は、『日本の外来語』(1964年、岩波書店)のなかで、次のように書いていますが、出典は挙げてはいません。
表記の上ではゴエテ、ギューテ、ギェーテ、ギューテ、ギョート、ギョーツ、ゲーテ、ギュエテ、ゲォエテ、ゴアタ、グウィーテ、ゲヱテー、ゲーテー、ゲェテー、ギョウテ、ギヨーテ、ギョーテ、ギョーテー、ギヨテー、ゴエテ、ギョテ、ギヨヲテ、ギヨオテ、ゲョーテ、ゲヨーテ、ゴエテー、ゲエテ、ギヨエテ、ゲイテ、ギョエテ、と、じつに二十九通りの書き方があるという。「ギョーテとは俺のことかとゲーテ言い」という、斎藤緑雨の川柳すらも生まれているほどである。(170ページ)
当館所蔵の中村漁波林(なかむらぎょはりん)著『今日の言葉』(1969年、新生新社)には、「ギョエテとは俺のことかとゲーテいい――斎藤緑雨――」というページがあり、中村は、「私もむかし、こういう意味でこの川柳まがいの一句をよんで、愉快になったことがある」と書いていますが、「むかし」がいつなのか、どこでなのかは書いていません。なお、この文章は、「まえがき」によると、「東京タイムズ」紙上に、「昭和四十三年一月から始めて毎月十本」「二十ヶ月」書いたものの1本とのことです。
Goetheは、「oe」の部分のウムラート発音の関係で、実際には「ゴーテ」と「グーテ」の中間ぐらいの発音になりますが、それをどう表記するかで多くの表記が生まれたようです。この件に関しては、品川力著『古書巡礼』(青英舎版、1982年)所収の「二十九人のゴッホ・四十五人のゲーテ」に詳しく書かれています。モノマニアックだった品川力(つとむ)氏の調査では、矢崎が言う29通りどころか、45通りもあるとのことです。


東京ゲーテ記念館