「旅人の夜の歌」(Wandrers Nachtlied)は、ゲーテ自身によって同じタイトルで2度発表されました。
天来〔てんらい〕のひと
あらゆる苦悩と悲しみをしずめてくれるひと
二倍も不幸な者を
二倍もなぐさめてくれるひと
おお、ぼくは 生活に疲れました!
悲しみが 歓喜〔よろこび〕が 何でしょう
こころよい平和よ
訪れてこい ああ わが胸に訪れてこい!
1776年2月12日夜作。ヴァイマールの近郊のエッテルスベルクの山腹において生まれた詩。この詩はのちまもなくフォン・シュタイン婦人におくられた。
山々のいただきは
しずまりぬ
もろもろの禿枝〔ほずえ〕には
その風の
うごきも見えず
森かげに 鳥はもだせり
待てしばし やがて また
なれも憩〔いこ〕わん
1783年9月2日夜、いる目なうの山林のいただき、ギッケルハーンの山小屋に泊まったとき、その南の板壁に鉛筆で書き記したもの。死ぬ前年1831年8月27日たまたまこの小屋を訪れ、50年前に書きしるした詩篇のことを想い出し、それを見出だしたとき、詩人は死期のちかきを感じながら「待てしばし やがて また なれも憩わん」とくりかえしつつ、涙のとどまることを知らなかったという。
〔以上、訳・解説:星野慎一、ゲーテ詩集、潮文庫〕
当館所蔵の、ゲーテ自身が編集した「ゲーテ作品集」(Goethe's Werke)の第1巻(1808年)で確認しますと、「天来のひと・・・」("Der du von dem Himmel bist,")で始まる1776年の詩だけが掲載されています。
Wandrers Nachtlied
しかし、1815年以後の、ゲーテ自身が編集に目を通している「ゲーテ作品集」(当館所蔵は1827年版)を見ますと、同じページの上部に"Der du von dem Himmel bist,"の詩行が、そしてそのすぐ下に"Über allen Gipfeln"の詩行が掲載され、後者のタイトルは、"Ein gleiches"(「おなじく」)となっています。1783年の詩を追加しているのです。
Wandrers Nachtlied
Eingleiches
Über allen Gipfeln
Ist Ruh,
In allen Wipfeln
Spürest du
Kaum einen Hauch;
Die Vögelein schweigen im Walde.
Warte nur, balde
Ruhest du auch.
引用する際に、「おなじく」ではまぎらわしいので、前者を "Wandrers Nachtlied I"、後者を"Wandrers Nachtlied II"と表記する研究者もいます。
東京ゲーテ記念館