Q: インターネットに、「ゲーテの名言」として「自分自身を信じてみるだけでいい。きっと、生きる道が見えてくる。」という言葉が載っていました。これは、ゲーテがどこで言っているのでしょうか? それと、これは、なんか単純なことを言っているだけのようにもみえるのですが、ゲーテは本気でそう思っていたのでしょうか?
A: 最初のご質問の出典は、おそらく、ゲーテの『ファウスト』第1部「書斎」の場の最後のほうでメフィストフェレスが言っているセリフを「超訳」したものと思われます。
ドイツ語の原文では、Sobald du dir vertraust, sobald weißt du zu leben. と記されています。
後のご質問は難問です。「名言」は、そう思われる方の主観であり、そう思わない方もおられるからです。また、とりわけインターネットでくりかえし引用・転用がくりかえされるうちに、もともとは単純な言葉が意味深な言葉に変容してしまう場合もございます。
ちなみに、問題の個所は、メフィストフェレスがファウストにむかって言うセリフですから、ゲーテ自身がそう信じていたかどうかはわかりません。戯曲のセリフと著者との関係をどうとらえるかの難問です。
以下に、すこし長くなりますが、問題の部分の日本語訳(単行本として公開されたものにかぎる)をご紹介しますので、ご自身でご判断ください。ファウストをただ励ますだけの意味に訳している場合もありますし、また、逐語訳に近い形で訳している場合等々、訳者のさまざまな解釈が反映されています。
- 俺だってできると思いさえすれば、生活を楽しむなんて簡単です。(柴田翔、講談社、1999)
- 自信がつけば態度も変わってくる。(池内紀、集英社、1999)
- 自信をもつことですな。そうすれば生きていく道もわかってくる。(山下肇、潮出版社、1992)
- 自信をもつことだ。そうすりゃ道は自然にひらけてきます。(手塚富雄、中央公論社、1974)
- 自信をお出しになれば大丈夫です。(大山定一、人文書院、1960)
- 自信を持ちさえすれば結構遣って行かれるものです。(高橋義孝、新潮社文庫、1967)
- 自分を信じさえすれえば、結構やってゆけるものです。(佐藤通次、旺文社文庫、1967)
- 自信を持ちゃ、生きるすべもわかります。(高橋健二、河出書房、1951)
- あなたがご自分を信じれば、大丈夫やれるもんですよ。(相良守峯、思索社、1950)
- あんたが自信ができれば、すぐ楽める。(鼓常良、三笠書房、1950)
- あなたが自信を持ちさへすれば、立派に世間が歩けますよ。(久保榮、中央公論社、1948)
- 貴君が御自身を信ずるようになると、すぐにも生き方が吞込めます。(阿部次郎、羽田書店、1947)
- 貴方が自ら信じさえすれば享楽はすぐに出来ます。(櫻井政隆、大村書店、1934)
- 自信がつきますと、世渡りの二つは分かります。(石川曾平、中央出版社、1927)
- 自信がつきさえすれば、世渡りのこつは分かるよ。(秦豊吉、聚英閣、1926)
- あなたに自信が出来るが早いか、處世の道は分かって来ます。(森田草平・東新、文武堂書店、1918)
- 万事わたしにお任せになさると、直に調子が分かります。(森林太郎[鷗外]、冨山房、1913)
- 貴君が強い自信を以て、泰然として居れば宣いのです。(町井正路、東京堂、1912)