今月のゲーテQ&A/東京ゲーテ記念館

Q: 「サンダルを貸してください」

この質問・依頼は、ドイツのヴェッツラー市役所のアートキュレイターから送られてきた。当市では、2024年に『若きヴェルテルの悩み』刊行250周年を記念して大規模な『ヴェルテル』イヴェントを行う予定だという。
この町は、1772年に若きゲーテが法律学の研修生として留学した地であり、『ヴェルテル』のモデルとなるシャルロッテ・ブッフと出逢った地である。メールでは、『ヴェルテル』を多面的に展示するために、ユニークな展示物も用意したいという。
依頼は、当館が、翻訳の『若きヴェルテルの悩み』を残して入水自殺をしたひとの遺品のなかに「サンダル」(Sandale)があるとい聞いたが、もしあるのなら展示に貸してほしい、というものである。以下は、その答えの要旨である。

A:

はるばるゲーテを記念すべき町Wetzlerからご連絡をいただき、光栄です。2024年の『若きヴェルテルの悩み』イヴェントは、刺激的な期待をかきたてます。
ご依頼の「サンダル」ですが、これは、おそらく、日本語の「下駄」のことだと思われます。当時の新聞報道によると、1954年8月23日、午後2時半ごろ、17歳の女子高校年生が埼玉県川口市の荒川新大橋の上から荒川に投身自殺をし、橋の上には、下駄、こうもり傘などと『若きウェルテルの悩み』が残されていたとのことです。
しかしながら、当館には、この「下駄」はございません。そもそも当館の収集品は、印刷物が主で、このような個人の想い出深い品物よりも、規模のちがいはあれ、何らかの形で一般に公開されたものを収集・整理しております。ゲーテの社会的な影響のデータ収集です。
おそらく、当館にそのような遺品が収蔵されているという情報は、当館の創立者をモデルにしたと言われている阿刀田高著『ナポレオン狂』と『夜の旅人』の記述を拡大解釈されたところから生じたものではないかと推測いたします。
『ナポレオン狂』の主人公は、ナポレオンに関するものであれば何でも収集するというモノマニアックなキャラクターです。また、『夜の旅人』の末尾に近い場面には、たしかに、この投身自殺のことが、新聞記事そのままの形で使われています。
ただし、小説では、事件の起こった1954年が、1949年つまりゲーテ生誕200周年の年にずらされています。そして、この女性が実際に自殺した8月24日という日から4日後の8月28日、つまりゲーテの生誕日までのあいだの4日間の主人公の思いがドラマチックに描かれます。見事な小説的演出と言えるかもしれませんが、事実では全くございません。


東京ゲーテ記念館