GOETHEの「OE」(つまり「オーウムラート」=ö と同じ)の発音が「エー」で定着した事情に関しては、いろいろ理由が考えられるでしょうが、関口存男の見解が、一番説得力があるように見えます。
関口によれば、それは、「öは, ドイツ語に慣れない人が聞けば, ほとんど「エー」に近くきこえるはず」だからだというのです。
この言い方の裏には、「ドイツ語に慣れた人」の場合はいささか違うかもしれないが・・・という含みがあります。
関口存男(せきぐちつぎお 1892〜1958)は、かつてカール・レーヴィットをして、「ドイツ人よりドイツ語が出来る」ドイツ語学者と言わしめた人物ですから、この意見が妥協的なものであることは承知のうえでしょう。しかし、言語の定着は、専門家がいくら主張してもそうはならず、結局は、「一般人」によって決められるというのが事実です。
ちなみに、関口は、(1950年代の話で恐縮ですが)担当していたNHKの「ドイツ語講座」で、「Oウムラート」の発音は、「オー」と発音しながら、ヒゲをカミソリで剃るときの口付をすればよいと言っていました。これは、「ドイツ語に慣れようとしている人」へのアドヴァイスです。
「ゲーテ」は、あくまでも日本語圏での一般的呼称です。「ドイツ語に慣れた人」だらけのドイツ語圏に行って「ゲーテ」と発音しても通じません。むしろ、「グーテ」と発音した方が通じます。
以下は、彼が『趣味のドイツ語』(三修社、1954、p.9-10)でゲーテの発音について書いている個所の引用です。表記をいまの慣例に直していますので、正確な文意は、リンクの原文(PDF) で確認してください。
ちかごろは聞かないが, 昔, Goetheを「ギヨー テ」と仮名に移したことがあった。そこで例の有名な「ギョーテとはおれのことかと, ゲーテ云い」が出来たわけであるが, この問題は,öの発音という点から云うと, 色々な事を考えさせる。ö を「ヨー」 などと云うことは, 勿論ギョーテ論者自身と雖も真面目に主張するわけではあるまい。おまけにロシア語の「ヨー」 (ë )を連想させるから, なおさら変な気持がする。「ギョーテ」は勿論非常におかしい。 Goetheはやはり「ゲーテ」が-番近似的な仮名であるという理由は、このoe(すなわちö)が「長綴」のöであるということを考えれば一番はっきりする。すなわちö の発音は、Goethe, böse, nötig, König等の長綴の場合と、Götz、können、Mönch、Wörter等の短縮の場合とでは、大いにちがうのである。 短かいöの発音[音標]なら、これはチヨット英語の[ə](turn,bird,girlなどの)によく似た発音だから, あるいは「ヨ」とか「オェ」とか「エォ」とか, その他奇妙奇天烈な表現がしたくならないとも限らないが、長いöの発音[音標 ø:] は, ドイツ語に慣れない人が聞けば, ほとんど「エー」に近くきこえるはずである。